むらた監督インタビュー

  • ——『ARISE』の『border:1』の監督に決まった時の第一印象はいかがでしたでしょうか?

    むらた「よりによって、1話……俺でいいの?」と思いました(笑)。これまでにもテレビシリーズの各話演出で1話を任されたこともありましたが、「攻殻」シリーズということもあって、もちろん不安はありましたね。でも、西尾さんに作画監督をお願いできているので、助けてもらえると踏んでいましたし、こんなチャンスも滅多に無いのでダメでもともとでやってしまえという感じで受けました(笑)。

    ——思い切って踏み込めた感じだったんですね。

    むらた性格もあると思いますが、ガチガチにプレッシャーを感じても、出来ないものは出来ないし、とにかくやるしかない、と考える性なんですよ。いざとなれば、西尾さんも黄瀬さんもいらっしゃるので。まともにやったら出来ないですよ(笑)。これまで押井さんに神山さんと巨匠がやってきた作品ですからね。僕に振ったほうが悪い、くらいに開き直っていました(笑)。

    ——大役でしたが『border:1』を通して、新しく見えてきた素子像などはありますでしょうか?

    むらたフィルムを見た時に、コンテを描いている時に想像した以上に、素子が可愛いい感じになっていました。コンテの段階では、今までの素子よりも表情が豊かになるようには狙っていましたが、狙ってたよりも「かっこ可愛い女の子」になったので、すごい良かったですね。こういう素子もありだなって。第一弾の予告映像の時点で想像していたよりも可愛くて、かっこいい感じの素子に仕上がっていて、フィルムを見ていけば見ていくほど、可愛さが定着していったので、表情を豊かにしてもイケるという手応えがありました。西尾さんのおかげだと思います。

    ——黄瀬さんも同じことをおっしゃってましたね。

    今回の素子の色々な表情は見所のひとつです。

    ——シナリオのことについてお聞きしたいと思います。むらたさんから冲方さんに発注したことはありますでしょうか?

    むらた僕自身、ミステリーやサスペンス映画が好きなんです。見ていて、何が起こるんだろう?と惹付けられるところに魅力がありますよね。なので、冗談半分に「ミステリーっぽい感じでやりたいです」と冲方さんとお話してたら、それでOKがでてしまって(笑)。元々、冲方さんのプロットに、話数ごとにカラーを出そうという課題があって、その中にミステリーやアクションといったいくつかの候補があったんですよ。最初にもらったプロットが、冒頭から墓場のシーンで、荒巻が墓を暴いていて、素子が銃を突きつけるという内容で、ミステリーとかサスペンス的な要素がありましたし。その時黄瀬さんや冲方さんと「ミステリーってどんな映画が好きですか?」と話していて、映画の話に脱線してしまいましたけどね(笑)。

    冒頭の1シーンより。ミステリアスかつカッコいい素子が印象的です。

    ——その時に話にあがったのはどんな映画ですか?

    むらたコレって言えないくらい色々ありました。ミステリーと言ってもB級映画がメインで、恐怖映画に近いものだったりします。その時偶然に話題にあがったのは、市川崑の金田一ものですね。あとはミステリーではないですけど、時代劇の話もしていました。『攻殻』とは全く関係なかったですけど。

    ——どちらかと言えば、邦画がお好きなのですか?

    むらたいえ、実は洋画が好きです。たまたま打ち合わせの頃に、欲しかった金田一もののDVDを買ったので、その話をしていただけなんです。もともとは、洋画ですね。ヒッチコック系の流れを持った作品とかですね。

    ——お話を戻しますが、冲方さんのプロットはどんな感じでしたでしょうか?

    むらたシーンが箇条書きされていた感じでしたね。

    ——それに、ミステリー的な味付けを加えていったのですか?

    むらたそうですね。多分冲方さんも、ミステリー的にするつもりだったと思います。書き出しから、そんな感じがしましたので。

    ——シナリオを見た上で、冲方さんにお願いした修正などはありますか?

    むらたホラーというかミステリーなテイストが全体に漂うお話にしてもらえれば、ということが一つですね。あとは、ストーリーを追うのに一生懸命になってしまって、 一歩間違えると、平坦で地味な印象になりそうだったので、キャラクターのアクションが立つようにはお願いしました。話が静かに進んでいくので、アクションシーンが後半にかたまるよりは要所要所に散らして、お客さんが飽きないように配置していただきました。結果的に、ストーリーとバトルシーンがサンドイッチになる感じで、4、5カ所くらい盛り込まれています。中でも、ラストのバトルシーンはボリュームを多めにしてもらいました。あとは、プロットの段階で尺が長くなりそうだったので、なるべく詰めてもらうようにしてもらいましたが、上がってきたシナリオもすごく長かったので、さらに詰めてもらいました。

  • ——上がったシナリオを見て、コンテの構想はすぐ出てきたのでしょうか?

    むらたプロットの段階である程度は思いついていました。ただせっかく劇場作品なので、テレビシリーズでは放送コードに引っかかるので出来ないこともやってみようとは思ってました。稲光とか、ビカビカ光らせてみたりとか。普段やれない分、ここで発散させてしまえという気分で(笑)。

    ——他に、いつもと違うことで挑戦したことはありますか?

    むらたとにかく丁寧な芝居をやるということですね。真っ向勝負というわけではないですけど、他の作品だったら省略するような場面も逃げずにやりました。その分、作画さんは大変だったかも知れないですね(笑)。

    ——では、コンテの作業をはじめたのいつ頃になりますか?

    むらた夏過ぎ頃ですね。自分の個人的な仕事もあったので、9月からですね。

    ——進み具合についてはいかがでしたか?

    むらた比較的、順調に作業は出来てたと思います。ただ、後半のお話をまとめる段階に入ると時間がかかりましたね。もともと、まとめるのに苦手意識もありましたし、『border:1』は話が入り組んでいるのも手伝って、ラストの作業は難しくてプレッシャーでした。投げっぱなしにしてしまえれば一番楽ですけどね(笑)。

    ——実作業としては、どのくらいのペースで仕上がったのですか?

    むらた前半と後半で尺は違いますけど、前半のAパートは順調で1月半くらいだと思います。Bパートは、倍くらいかかりました。量も倍くらいありましたので。後半はやっていけばいくほどに伸びてしまったので。上がってから慌てて、詰めたり削ったりしていました。

    ——他のお仕事と比べると『ARISE』は時間がかかりましたか?

    むらたやはり、かかりましたね。今回は丁寧に芝居を描いていので、その分時間もかかりました。ある程度シーンやカット、芝居を端折ってしまえば時間も作業も省略はできます。丁寧に描くとなると、コンテにはあらわれない裏の部分の段取りを考えないといけないので、時間がどうしてもかかってしまいますね。作品のタイトルもタイトルなので、自分の中でもいつも以上に力が入っていたということもありますね。

    ——実際の作業はI.Gの社内で行っていたのですか?

    むらた絵コンテ作業は家に籠ってやらせていただきました。そうしないと自分はできないので(笑)。それ以外のチェックなどはスタジオです。

    ——ちなみに、コンテ作業の時に無いと困るものはありますか?

    むらた音楽ですね。テレビとかの映像だと、見てしまって集中できなくなるので、音楽ばかり流しながらやっています。

    ——どんな音楽を聞いていらっしゃいましたか?

    むらた 洋楽でマイナーなロック系ばかりですね(笑)。国内で買えない輸入版を、ブラジルやら北欧やらと、世界各国から仕入れてます!作品の内容に合わせて、曲の雰囲気 やバンドを変えながら作業をしています。ただ、ヘッドフォンをしながらはダメですね。ヘッドフォンをすると圧迫されて、やり辛くなってしまうので。

    ——スタジオですと、ヘッドフォンをせざるえないですよね。

    むらたそれもあって、家に籠らせていただいてます(笑)。我がままなんですけど、雑念を払って一個に集中しないと絵コンテも進められないので。それにスタジオだと、声をかけられて考えていたことが飛んでしまって、また一から組み立て直さないといけなくなるので。

  • ——絵コンテと完成した映像を比べてみて、『border:1』で印象的だったシーンはどこかありますか?

    むらたアクションはすごかったですね。あと、思ったよりもシャワーシーンが長くなってましたね。演出意図としては、さらっといこうと思っていましたけど。

    ——結構、丁寧に服を脱いでましたよね。

    むらたそうですね(笑)。作画さんに「丁寧に」とはお願いしたんですけど、自分が想像していた以上に、すごいじっくりとやっていただけました。

    むらた監督をも唸らせた作画陣の丁寧な演技が光る1シーン。

    ——コンテ段階では色は乗りませんが、完成した映像で色が付いたのを見た感想はいかがでしょう?

    むらたコンテの段階で色の雰囲気はなんとなくイメージはあったんですけど、美術さんが上手くやってくれましたね。西尾さんだけでなく、美術さんにも無茶なお願いをしたんですよ(笑)。 黄瀬さんの素子のデザインを見せてもらって、コスチュームの赤がとても象徴的でしたので、 素子の出生に関わるシーンでは使おうと絵コンテの段階からプランニングしていました。なので、冒頭シーンで、空の色を平面的でデザイン的な赤にして欲しいと無茶振りをしたんですよ。他にも、血のような赤や、素子の衣装のような赤にしようとか色々と提案して、「えっ」と言われたんですけど、試行錯誤していただいて、結果的に象徴的な色になったので美術さんには感謝しています。

    ——他に美術さんに無茶なお願いをした個所はありますか?

    むらた他で言うと、素子の部屋ですね。最初は『2001年宇宙の旅』のラストシーンで出てくる真っ白な病室をイメージしていたんですよ。そのままだと元ネタがバレそうだったので、ライティングで変な色にしてくださいとお願いしました。窓の明かりも、太陽光ではなく照明光で、昼でも夜でも同じ差し込み方をして、しかも気が狂いそうな色をオーダーをしました。部屋の中の色も全く別の色ですけど、コンセプトとしては同じで感じでお願いしたんですよ。途中で「大丈夫かな」と心配にもなったんですけど、印象的な部屋に仕上がりました。

    ——確かに部屋は独特の雰囲気に仕上がっていましたね。

    むらた素子は全身義体のモルモットとしてあの部屋で飼われているとイメージしていたんですね。なので、一応部屋は与えられているけど、生活感を無くすようにしました。それに実験体なので、普通の落ち着いた部屋よりは、精神的に不安定な雰囲気が漂う部屋が似合うと思ったんですよ。しかも、素子の生活空間はドアから椅子の上までで、ベットも使わないというように限定してみました。もう少しぶっ飛んだ感じにしても良かったかなとは思いましたけど、狙った方向には持っていけたと思います。

    美術さんの苦労の結晶、素子の過去に関わるシーンを印象的に染上げた赤い空。
    むらた監督の美意識が前面に押し出された素子の部屋。こちらも惹き込まれます。

    ——最後にお聞きしますが、今回の『ARISE』は9課に至るまでのお話ですが、今後の展開に期待していることはありますでしょうか?

    むらた今回の『border:1』では、素子の弱い部分とかが出てましたので、徐々にクールな素子にシフトアップしていく過程が描かれると良いですね。他のメンバーについても、トグサとバトーが出てましたけど、これから登場するサイトーやイシカワとの絡みが楽しみですね。ラストに向かうにつれて、9課が出来上がっていくワクワク感が丁寧に描かれていけばいいですね。『border:1』を終えてバトンを渡してしましたので、1ファンとしてもすごい楽しみにしています。

    ——ありがとうございました。

むらた雅彦(むらた まさひこ)

8月8日生まれ。埼玉県出身。シャフト、グループ・タックを経てフリーに。OVA『マジンカイザー』で初監督をつとめる。主な監督作品は映画『劇場版 NARUTO-ナルト-疾風伝 火の意志を継ぐ者』、『劇場版NARUTO-ナルト-疾風伝 ザ・ロストタワー』、『劇場版NARUTO-ナルト- ブラッド・プリズン』。TVシリーズでは『ギルガメッシュ 』、『屍姫 赫』、『屍姫 玄』、『NARUTO-ナルト- SD ロック・リーの青春フルパワー忍伝』など。