「電脳硬化症 Cybernetical Sclerosis」

19世紀における結核、20世紀における癌、世紀末におけるエイズの系譜に続き、新世紀初頭において隠喩的に死を意味する病(ソンタグ)として最も深刻な認識を喚起したのは、電脳硬化症であった。

その具体的症例としては、軽度の物忘れなどから始まり、症状が進行すると、言語野機能の低下、外部記憶装置との連携不和、重度の記憶障害などに至り、最終的にはいわゆる脳死状態を迎えるのが一般的であった。適切な治療により、症状の進行を遅らせることは可能ではあったものの、硬化症そのものを完治させることはできないと考えられていたために、その症例がはじめて報告されたときは、電脳を搭載している人口を中心に、一時的ではあるが広範なパニック状態を引き起こした。

各種の報道メディアは、電脳技術の促進およびその普及をにこやかに宣伝していた自らの過去は忘れたかのように、政治家の電脳製造会社への天下りや、医療審査基準に関する、いつもながら的外れで遅すぎる批判を開始し、同時に世間においてはその流行に乗り、ルソー的な自然回帰運動の復活や、人類解放戦線に代表される、電脳化に反対する組織・団体が数多く生まれた。

政府は早急な対応を望む民意に押され、マイクロマシンを用いた新規療法を発表することで国民の納得を得ようとした。発表された療法自体はさしたる効果もなく、疑問点も多かったが、メディアは数人のスケープゴートを葬った後はすぐに次なるスクープ探しに奔走し、また国民もメディアが追求しない限り自分たちの抱える問題を直ちに忘れるという、いつもながらのルーティンワークが繰り返されたため、ヒステリックな電脳反対運動はその後、沈静化を見せた。