Lagrange's Design Story

主役機デザインができあがるまで(その3)

 主役機デザインは大須田貴士氏(日産自動車グローバルデザイン本部)による案に決定し、アニメ畑のメカニックデザイナーにクリーンナップを頼むことなく、すべての作画用設定画稿を大須田氏に作成してもらうことが決まった'09年6月末。

同時期より、番組企画スタッフは主役機の頭部デザインのあり方に悩みはじめるのだが、じつはそれと同時に、カラーリングデザインにも大いに悩むことになるのである。

大須田氏による主役機カラーリング案は、当初は「白×黒×オレンジ」による3色使いであったのだが、最終プレゼンテーションの段階で「グレー(シルバー)×黒+赤の差し色(アクセントカラー)」の2色+差し色使いに変化していた(具体的なビジュアルは本連載2回目を参照)。

この変更により、確かにカーデザイン感とスタイリッシュな雰囲気は増したのだが、アニメ製作に長けた番組企画スタッフからすると、「おそらくこのカラーリングではフィルムとして成り立たないだろう」ということを皮膚感覚的に感じ取っていたのである。

その旨を率直に大須田氏へ告げると同時に、「主役機には僚友機が2機存在する」「その3機は色違いで、3機の色はブルー、オレンジ、グリーンをイメージしている」という演出面からのリクエストを出した結果、大須田氏は多数のカラーバリエーション案を作成してくれたのだが……それを見た番組企画スタッフ的には、「具体的に何がどうよくないのかを言葉にはできないものの、どれも何かが明らかに違う気がする」という漠然とした思いを悶々と抱くことになってしまう。

ただし、この「具体的に何がどうよくないのかを言葉にはできないものの、どれも何かが明らかに違う気がする」という発言は、デザインを発注される側にとって、もっともストレスが溜まると同時にもっとも理不尽に感ずる「NGワード」に値する言葉なのだ。

最終プレゼンテーション後のデザインブラッシュアップ段階で、大須田氏が提案した改訂版カラーリングデザイン。メインカラーは明確にシルバーを意識したものとなり、差し色が赤からゴールドへ変更されたため、むしろやや地味になった印象だ
「主役機には僚友機が2機存在し、その3機はそれぞれブルー、オレンジ、グリーンにしようと思う」という番組企画スタッフからの話を受け、大須田氏が作成したカラーバリエーション案。スタイリッシュではあるが、押しが弱い印象はまぬがれない

「グラフィックデザイン」としてのカラーリングへ

それゆえ番組企画スタッフはそのことを大須田氏へ切り出せずにいたのだが、そうしたタイミングにて、ロボットデザインのディレクターとして“8月32日(晴れ)”氏の参加が決定したことにより事態が急転する。大須田氏によるカラーリング案を一旦棚上げにし、グラフィックデザイナーである8月32日(晴れ)氏に「グラフィックデザイン視点によるカラーリング」をお願いしてみることにしたのだ。

そこで番組企画スタッフは、先に提出されていた大須田氏によるカラーバリエーション案を8月32日(晴れ)氏に一切見せることなく、同氏に対し「まっさらの状態からカラーリングデザイン案を考えてもらえないか」と依頼。

もちろん、「主役機には僚友機が2機存在する」「その3機は色違いで、3機の色はブルー、オレンジ、グリーンをイメージしている」という旨は告げたものの、同氏には主役機の線画(無彩色の設定画稿)だけが渡され、ゼロからの新たなカラーリングデザインがスタートすることになった。

8月32日(晴れ)氏による、マーカー塗りによるテスト。先に提出されていた大須田氏によるカラーリングデザイン案を見ることなく、「機体デザインを立体キャンバスと見なして色を置いていく」という手法にてゼロからデザインされている
大須田氏による最終プレゼンテーション段階での、飛行形態のカラーリングデザイン。機首の上側が黒く塗られている点が、8月32日(晴れ)のカラーリングテストと合致している。これは「偶然の一致」である反面、「飛行形態の機首のデザインには、アンチグレア(太陽光の照り返しでパイロットの視界を眩惑しないための塗装)をきちんとイメージさせるものがあった」ということの証明とも言えた
同じく、マーカー塗りによるテストの飛行形態。機体上面にアソートカラーが集められ、機体下面にメインカラー(この場合は白)が集められている様子が見て取れる。これは、軍用機をカラーリングデザインするにあたっての鉄板的法則だ

8月32日(晴れ)氏によるカラーリングデザインコンセプトは、シンプルにして極めて明快であった。

「色使いとその色味は、視聴者視点やマーチャンダイジング(完成品トイやプラモデルなどの商品化)どうこうをあまり意識することなく、あくまでグラフィックデザインの見地にて決定する」
「使用する色数はできるだけ少なくし、使用色同士によるネガティブな干渉(ハレーション等)を必要最低限にとどめる」
「飛行形態時に、機体下面はベースカラー(基調色。今回の場合は白)、機体上面はアソートカラー(ベースカラーの次に広い部分を占める色。今回の場合はブルー or オレンジ or グリーン)ができるだけ多く集まるように配色する」

これらを踏まえて最初に作成されたのが、前ページに掲載した、「白×黒(濃いグレー)×ピンクパープル+オレンジイエローの差し色」という構成による、マーカーを駆使した手塗りのカラーリングデザインテストであった。

ちなみになぜブルーやオレンジやグリーンではなくピンクパープルであったのかというと、「ブルーとオレンジとグリーンは、きれいに発色するマーカーがたまたま手元になかった」ということらしいのだが……。

8月32日(晴れ)氏が提出した、グリーン、ブルー、オレンジのカラーチャート。この段階ですでに、CMYKカラーモデル形式にて、各色を5%刻みにて厳密な色味の追求がなされている様子が伺える。見るからに「グラフィックデザインの世界」だ

それはさておき、まずはそのマーカー塗りによるテストにて、「飛行形態時に、機体下面はベースカラー、機体上面はアソートカラーができるだけ多く集まるように配色する」ということが可能だと判明。番組企画スタッフ的にも大須田氏的にもこの機体塗り分け案には両手を挙げ賛同したため、同案をベースにカラーリングデザインを詰めていくことが決定された。

次いで同氏が行ったのは、「カラーチャート(色見本)を用い、ブルー、オレンジ、グリーンの色味を、グラフィックデザイン見地で絞り込む」という作業であった。これは、「個人的な好みで色味を決める」のではなく、「カラーコーディネイト的にきちんと成立する色味だけを客観的に抽出する」という作業である。

その結果、ブルーに関してはブルーパープルとロイヤルブルーを使用する2案が、グリーンに関してもライムグリーンとパステルグリーンを使用する2案が提案されたのだが、オレンジに関しては「オレンジ内のマゼンタ濃度を上げ下げする方法しか存在しない」との理由から、1案のみが提案されるに至った。

主役機カラーリングの「グリーン」にとことんこだわる

そうした提案を受けた番組企画スタッフは、8月32日(晴れ)氏から提出されたカラーチャートを使ったカラー画稿を作成。それを叩き台とし、同氏と大須田氏を交えたミーティングにて厳密な色味の決定に乗り出しはじめる。

じつはこの時点で、番組企画スタッフの中では、主役機のアソートカラーをグリーンにすることがほぼ内定していた。主役機のカラーリングにグリーンを用いるのは明らかに冒険だが(既存例で言うと、『戦闘メカ ザブングル』のウォーカー・ギャリアや『ゼーガペイン』のゼーガペイン アルティールぐらいしか存在しない)、「しかしそこをあえてグリーンで」というのが番組企画スタッフからの強いこだわりであったのだ。

そこでまず、主役機のグリーンの色味に関する追求から着手。色に対しあまりこだわりのない人からすると、何を行っているのかさっぱりわからないようなレベルの戦いがはじまっていくことになった。

「グリーン機A案」として提出された、ライムグリーン案によりペイントされた主役機。カワサキのバイクで有名な色だが、このロボットデザインと組み合わせるとまるでカマキリのように見えてしまい、ちょっと気持ちが悪いかも?
「グリーン機B案」として提出された、パステルグリーン案によりペイントされた主役機。ライムグリーン案よりも色の座りはよいが、脇役然としたオーラが漂ってしまい、主役機のカラーリングデザインには見えない
大須田氏と8月32日(晴れ)氏が参加したミーティングの現場で、PCの画像加工ソフトを使いパステルグリーン案を改変。「パステルグリーンを使って主役機らしさを醸し出すにはどういった色味が最適か」という追求がはじまる
先のパステルグリーン改変案を、グリーンの濃淡2色を使い分けたカラーリングデザインへとさらに改変。全体的に漠然凡庸として締まりがなかった雰囲気が、濃いグリーンを足したことにより適度な重量感が生じたことがわかる
頭部デザインが現在のウォクス・アウラと同じものになっていることからもわかるが、最終的なカラーリングデザインに極めて近いところまで来た段階。グリーン濃淡2色の色味がさらに調整されているが、色の塗り分けは最初期段階から一切変化していない

具体的なビジュアルを伴うカラーリング変遷は前ページに詳しいが、主役機のグリーンはパステルグリーン案をベースとして、同系列の濃淡2色使いへと推移。色味に関しても、何度にもわたり厳密なチューニングが施された。

主役機のカラーリングデザインが決まれば、次はもちろん、2機の僚友機の番だ。

まずは、アソートカラーにブルーを用いる僚友機(ここでは仮にブルー機と呼ぶ)のカラーリングデザインである。

8月32日(晴れ)氏から2案提案されていた色味に関しては、ブルーパープル案を採用することに決定。主役機のグリーンが濃淡2色使いとなったからには、普通に考えるとブルー機のブルーも同様に濃淡2色使いとするべきだろう。

が、8月32日(晴れ)氏はここで早くも、グラフィックデザイン的手法に基づく「デザインの裏切り」を投じる。ブルーの濃淡2色使いは採用しつつ、主役機のカラーリングとは濃淡の位置を逆に置き換えてみせたのだ。カラーリングデザイン画稿をよく見ていただければ気付くはずだが、主役機は主翼のみが濃いグリーンで、その他のグリーンの箇所には淡いグリーンが用いられている。ただしブルー機ではその濃淡の位置を反転させ、主翼のみが淡いブルーで、その他のブルーの箇所には濃いブルーが用いられているのである。

その理由は「単なる色変えだけでは芸がない」ということと共に、「おそらく3機すべてを同じ塗り分けにすると、色の主張が強い他の2機の機体のほうが前面に出すぎてしまう」という点にあった。「アイドルグループの衣装が、じつはメンバーによって微妙にデザインが違っているのと同じ理屈」ということらしい。

ブルー機B案として提出されたロイヤルブルー案は色味が重くそぐわなかったため、ブルー機はA案のブルーパープル案でカラーリングデザインが進められた。まずはブルー機でも、主役機と同じくブルーの濃淡2色を使い分けて彩色してみた
……が、主役機とブルー機を並べた際に、ブルー機のほうが主役っぽく見えてしまったため、ブルー濃淡の位置を逆に置き換えることに。濃いブルーの面積を増やし、カラーバランスを改変することで、主役機を引き立てるのが狙いだ
こちらは、「じつは使用しない4機目の機体がある」という設定に合わせてあらかじめカラーリングデザインがテストされたもの。けっきょくは採用されずに終わるのだが、4機目はウォームグレー(暖色系のグレー)になる予定であった

絶妙なコントロールに基づく「デザインの裏切り」

こうしてブルー機のカラーリングデザインが決定に至り、残るはオレンジ機である。

ここでも同氏は同様に、「デザインの裏切り」を登用。オレンジ機に関しては、「アソートカラーの濃淡2色使いを廃止し、単色使いにする」というのだ。

「色味がいちばん映えるオレンジは、その明度を下げて2色使いにしようとすると、濃いオレンジは赤に近づきすぎて重くなってしまう。逆に、明度を上げて2色使いにしようとすると、淡いオレンジは肌色に近付きスカスカな感じになってしまい、他の2機に比べてカラーバランスが悪くなる」という理由に基づく裏切りなのだが、なるほど、確かにオレンジ機のオレンジを濃淡2色使いにしてみると、他の2機に比べてバランスが悪い。

当初は「オレンジだけ単色使いだと3機に統一性がなくなってしまい、気持ちが悪いのではないか?」と疑問を投げかけたスタッフもいたのだが、実際に作成されたテスト画像を眺め、全員が納得するに至ったのである。

8月32日(晴れ)氏が、「オレンジ機のオレンジは、他の2機における濃淡2色の使い分けと異なり、オレンジの単色使いでいく」と決めた際のオレンジ機案。その理由は本文内に詳しいが、確かにこの機体は単色でも見栄えがよいようだ
「オレンジ機はオレンジ単色使いで大丈夫」という言葉を証明するために作成された、濃いオレンジを加えることで濃淡2色使いにしてみたバージョン。オレンジは一定以上濃くすると色味がくすんでしまうため、カラーバランスが悪い
同じく、オレンジ機は単色使いで大丈夫という言葉を証明するための、淡いオレンジを加えることで濃淡2色使いにしてみたバージョン。オレンジは一定以上淡くすると色味がスカスカになってしまうため、こちらもやはりカラーバランスが悪い

こうして3機すべてのカラーリングデザインが完成したのが、'09年末のこと。

その後、本企画が正式に『輪廻のラグランジェ』となり、アニメ制作を担当することになったジーベックへこれらの機体デザインを引き渡す際に、最後の手直しが行われる。最後の最後というタイミングで、さらに厳密な色味のチューニングが行われたのだ。

3機のカラーリングデザインを担当した8月32日(晴れ)氏は印刷物を主戦場とするグラフィックデザイナーであるため、カラーリングデザインを手がける際には、「RGBカラーモデル(光の三原色である赤、緑、青の3つを混ぜて色を再現する加法混色で、ブラウン管や液晶ディスプレイでの色表現に用いられる)」ではなく、つねに「CMYKカラーモデル(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックの4版を掛け合わせて色を再現する方式)」でものごとを考えているのだという。その理由は、RGB形式だとインクではすべての色の表現ができないため(赤・緑・青の3色の絵の具を混ぜても、白や黄色などが再現できないことを考えるとわかりやすい)、印刷でそれを表現する場合は必ずCMYK形式への変換が必須となることにある。

そして、この「RGB形式からCMYK形式への変換」というのがじつにくせ者なのだ。

その道の達人がテクニックを駆使して変換しても、必ず色の鮮やかさが失われ、くすんだ色味に鈍化してしまうのである。

それぞれのカラーモデルが表示可能な色の範囲を立体的に示したもの。左側がRGBカラー、右側がCMYKカラー。CMYKカラーのほうが表現できる色の範囲が狭いことがわかる

前代未聞な「過剰なまでの色へのこだわり」

そこで、同氏はその問題点をあらかじめ逆手に取り、こう考えていた。

「劇中におけるRGB形式の鮮やかな発色に見慣れてしまうと、それがCMYK形式の印刷物になった際にどうしても興ざめしてしまう。ならば、まずはCMYK形式でカラーリングデザインし、それをRGB形式に変換して仕上げれば、劇中と印刷物における印象のギャップが少なくて済むはずだ」

そのため、ウォクス・アウラをはじめとするこれら3機のカラーリングは、途中の段階からあえて鮮やかさに欠けるCMYK方式にてデザインされていたのである(RGB形式からCMYK形式への変換は色がくすむが、その逆ではほとんど色味に変化が生じないのだ)。

が、いよいよ番組制作がスタートするにあたり、制作現場で用いられているRGB形式への変換が必要となった。なので、その際に、ただ単にCMYK形式からRGB形式に自動変換するのではなく、RGB形式なりの最適値を探すための微妙なチューニングが施されることになった……というわけなのである。

「たかがアニメのためにそこまでしなくとも」と考える人もいるだろうが、同氏はアニメ業界への提言の意味も含めこう語る。

「これまでのリアルロボットアニメにおけるカラーリングデザインは、あまりにもグラフィックデザイン的な考え方や手法を無視しすぎていたと思うんです。『新世紀エヴァンゲリオン』はさすがにそのあたりの押さえ方が抜群に上手いと思ったけど、それ以外の作品でグラフィックデザインを感ずるものはほぼ皆無だった。

でも、さすがにそろそろ、そのあたりを意識的に改善していったほうがいいと思うんですよね。21世紀に入ってから、もう10年以上が経過しているんですから」

text by Team Lagrange Point

上が頭部デザインまで含め仮決定した段階でのカラーリングデザインで、下がジーベックへ最終的に提出されたカラーリングデザイン。「まちがい探し」のレベルではあるが、各所の色味が若干違っていることにお気付きいただけるだろうか?
同じく、上が頭部デザインまで含め仮決定した段階でのカラーリングデザインで、下がジーベックへ最終的に提出されたカラーリングデザイン。頭部デザインも含め、ウォクス・アウラのほうが主役機に見える工夫が各所に施されている
同じく、上が頭部デザインまで含め仮決定した段階でのカラーリングデザインで、下がジーベックへ最終的に提出されたカラーリングデザイン。3機を並べた際に、オレンジが単色使いであることは不思議とまったく気にならない

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