作品紹介xxxHOLiC

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背景原図の束をたずさえ、小倉工房を尋ねたある夜。
静かに流れるラジオに、時おり重なるザーッというエアブラシ、絵の具を乾かすドライヤーの音。
そして黙々と画用紙に向かう背景マンたち。普段の工房はそんな感じだ。

んが、———今日だけは違った。

ドアを開けるまでもなく響く「ズドゥン! ズドゥン!」という重低音と、歓声嬌声阿鼻叫喚。
缶ビールのプルタブの小気味よい破裂音、おつまみのビニール袋を開く手に迷いはない。
そう、ワールドカップサッカー2006・日本vsオーストラリアの真っ最中である。

絵筆をスルメに持ち変えたお弟子さんたちを従え、ワイドテレビのかぶりつきに陣取るのは、
xxxHOLiCの我らが美術監督、小倉宏昌氏(※1)その人である———。

”アニメーション”の語源は、「アニマ(霊魂)」というラテン語で、動くはずのないものがまるで魂を持ったかのように動いている、ということを意味する。
本来止まっている絵を、連続的・安定的に映し出すしくみ=「映像」が出現した時点で、キャラクターは『生命』を得た、と言っても過言ではないだろう。

それでは、命を得たキャラクター…たとえば侑子さんは、どんな屋敷に住んでいたろうか?
四月一日の通う十字学園、百物語を語った百目鬼の寺。けぶる雨、真っ赤なアジサイの咲く公園…

小倉さんたちの描き出すものが、つまりそれら———背景美術である。

今夜のxxxHOLiC 第11話「コクハク」は、もう何もかもが盛りだくさんの内容。
いつも以上のキレを見せる四月一日と百目鬼の掛け合い漫才や、息もつかせぬ空中戦(!)、さらには、いよいよ初登場の”あの”美少女…見どころは尽きない。

そして今夜はぜひ、小倉工房の描く背景にも注目してみて欲しい。
季節。時刻の移り変わり。街並みや自然の質感。光。影。
どれほどストーリーやキャラクターが生き生きとしていても、それらがどんな舞台の上で演じられているかによって、心への響きが変わってくるのは言うまでもないだろう。

小倉さんの背景は、繊細で、細密で、時にざっくりと削ぎ落とされて美しい。
そこに重なった瞬間、キャラクターたちはまさに『世界』を獲得する。

世界を創り出すヒトが今、世界に挑む選手たちに歓声を惜しまない。
お弟子さんたちの罵号もまた、鳴りやまない。

「小倉さん! パス出すほうを指差さないで! 邪魔っ!!」
「審判に指示出してどーすんですかっ!」
「ジーコと動きがおんなじですよ!!」

…我が目を疑うような敗戦ののち、つかの間の狂宴はすみやかに撤収された。
背景マンたちもまた、彼らの世界———真っ白な画用紙へと挑んで行く。
スルメはふたたび絵筆へと持ちかわったのだった。

※1 小倉宏昌 Ogura Hiromasa(美術監督)
1954年9月1日生まれ。小林プロダクションを経てフリーに。
主な作品として、劇場作品「ルパン三世カリオストロの城」('79)、劇場作品「機動警察パトレイバー劇場版」('89)、劇場作品「機動警察パトレイバー2 the Movie」('93)、劇場作品「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」('95)、劇場作品「人狼」('00)、劇場作品「ミニパト」('02)、劇場作品「DEAD LEAVES」('03)、テレビシリーズ「SAMURAI 7」('04)、テレビシリーズ「エレメンタル ジェレイド」('05)、テレビシリーズ「xxxHOLiC」('06)がある。
劇場「千と千尋の神隠し」('01)では背景として参加。